チルノとなんとなく過ごして仕事の疲れを癒やした
時計を見る。もう23時だ。このままいけば今日が終わってしまうのではないだろうかと思い、死ぬ気で仕事を終わらせた。
いつもならプライベートだったはずの時間に、ずかずかと仕事の時間を立ち入らせてしまったことにショックを受ける。僕はもう社会の一員なのだなという実感と共に、なんだかやるせなくなってしまった。
家に帰ると同時、疲れが足から抜け落ちた。気づけばオフトゥンの上で、僕は何故だか冴えたままの瞳を強引に瞑らせて眠りについた。
ジリリリ、と眠りを妨げる天使が朝の6時を告げる。5時間も寝ていない。そのままアラームを消して悪魔の囁く通りに眠り直そうかとも思ったが、スーツに着替えるために寒い世界に身を乗り出す。
顔を洗い、歯磨きをして、朝ごはんを作る。いつもならここまでのルーティンをすれば自然と目が覚めるものだが、十分な睡眠を取れなかったために瞼が変な感覚だ。不思議と脳はハッキリとしていて、ある重大な勘違いにやっと気がついた。
「今日は休日だった・・・。」
思わず声に出してしまうほど、自分のなんとばかなことかと苦笑してしまう。それに気がついたとき、なんだか目が覚めてきた。もう2度寝をする気も起きず、目玉焼きやトーストなどの簡単な料理をして、僕は食事を終えた。
「さて・・・。」
何をしようか、としばし考える。体がだるくてたまらないが、こういうときに家にずっといるのでは、太陽の沈んだ夕方あたりに「なにかしておけばよかった」と後悔することはもう十分に知っていた。僕は今日も外に出ようと思った。
靴を履いて扉を開ける。今日は革靴じゃなくてスニーカーだ。僕は日頃の運動不足を解消すべく、小一時間走ってこようと思った。朝7時だった。
「ハッ・・・ハッ・・・。」
走るのなんか慣れていないものだから、すぐに息が上がってしまう。あまり走ったようには感じないが、足は悲鳴を発し、肺は冷たい空気に苦しむ。すぐに両手を膝につけて休んでしまった。
「ハア・・・。思ったより疲れたなぁ。なんだか脇腹も痛いぞ・・・。」
「なーにしてるの?」
ピョンと飛び出してきた少女は氷の羽と青いスカート。チルノちゃんだった。
「やあ、チルノちゃん。運動をしていたんだけど、なんだか疲れてしまって休んでいたところなんだ。」
「へー。」
パタパタと羽を揺らめかせる。僕は気になって質問してみた。
「いつも飛んでいるけど、疲れないのかい?」
「つかれないよ。羽はアタッチメントだから、なくてもいいんだ!」
なるほど。
「チルノちゃんは今日も元気そうだね。」
「うん、あたい妖精だからピチュってもコンティニューできるんだよ!」
ピチュっても・・・?コンティニュー・・・?
「なんか今日は元気ないなー。具合わるいのか?」
見透かされる。
「そういうわけではないんだけど、ちょっと仕事で疲れてしまってね。気分のリフレッシュにと運動でもしようと思ったんだ。」
「へー。」
「でも運動も大変だね。はは。日頃の運動不足が祟ったかな。」
「疲れてるのに疲れることないよ!あたいはごろごろしたいなーって思ったらごろごろするよ。」
・・・確かに。よくよく考えてみれば、疲れてるなら家でごろごろしてるのも正解だ。無理して一日を充実させる必要もない。
「そうだね。今日はゆったりしていようかな。」
「あたいも寝るときはちゃんと寝るもん。やりたいことやらないと楽しくないよ!」
「でも、もう外に出てしまったしなあ。せっかくだし、外でゆったりすることにしよう。」
「あたいも行く!たい焼きたべよー!」
というわけで、商店街にやってきた。先日のたい焼きの移動販売車はなくなっていた。
「どうやらたい焼き屋さんは別の場所に行ってるみたいだね。それか、まだ準備中なのかも。」
「えー、楽しみにしてたのになあー。」
そんな他愛もない会話をしながら、商店街を歩く。すると、小さな扉の喫茶店があった。一目見た程度では気がつかないくらいの存在感で、扉一枚を隔てた先になんだか興味をそそられた。
「あそこに入ってみよう。」
「きっさてん?」
扉を開けると階段。2階のスペースを借りているのだろうか。先にはまた扉が見えた。
扉を開けると、カランカランと音がした。
「いらっしゃいませー。」
従業員の声。適当な椅子に腰掛ける。
「あたい、窓際がいいなー。」
「そうかい?じゃあ移動しようか。」
席を立ち、窓際に移動して再び腰掛ける。そこでは商店街が見下ろせた。
「あたい、メロンソーダ!」
いつの間にか彼女はメニューを広げていた。僕もメニューを読む。
「僕はコーヒーかな。チルノちゃん、ショートケーキは食べないかい?」
「たべる!」
「よし。・・・あのー、すみません。」
従業員に声をかける。
「メロンソーダとコーヒー、あとショートケーキを2つお願いします。」
「ご注文は以上でよろしいですか?」
「あっ、あたいこのパーフェクトフリーズパフェ!」
「かしこまりました。」
メニューを見てみると、そのパフェの値段は1000円近かった。財布の中身を確認するまでもなく、世知辛い値段だ。
「まあ、いいや。これもなにかの巡り合わせだろう。」
「?なにが?」
「なんでもないよ。今日はいつもと違った出来事が起きて楽しいなって思ったんだ。」
しばらくしてショートケーキや飲み物が届いたので、ゆったりと食べる。
「あまーい!」
「おおっ、これはうまい。こんな店があったのに気がつかなかったなんて、なんだか損してた気分だ。」
そんな感じでケーキに舌鼓を打つ。苦みがほしくなってコーヒーを口に含む。ほんのりとした苦みが広がり、ケーキとコーヒーが引き立て合う。とても理想的な組み合わせだと思った。
その店で1時間ほどくつろいだ。チルノちゃんと他愛もない会話をしながら、何度か飲み物を注文したりしながら流れる時間に身を任せていた。
「そろそろ出ようか。」
「うん!」
会計を済ませ、外に出る。足は自然といつも通っている公園へと向かう。木漏れ日差し込む木陰のベンチに腰掛ける。二人分のスペースが埋まる。
「今日はありがとう。なんだか光明が見えた気分だったよ。」
「こうみょうがみえた?」
「心が晴れたってことさ。なんだか思い詰めていたみたいだ。今日からはもっと自由に生きるぞっ。」
「そっかー。なんかよくわかんないけどよかった!」
ニコニコと微笑む。ふわふわとした感覚がして、風をいつもより肌で感じた。
「あたい、ちょっと遊んでくるね!」
「うん。」
彼女は遊具で遊んでいる子供たちに話しかけ、一緒に遊び始めた。かと思えば、その子供たちには羽があった。どうやら妖精のようだった。
僕は少しだけ安堵したような、常日頃抱えていた緊張から解き放たれたような、そんな感覚を感じながら、瞳を閉じた。少しだけおやすみをしようと思った。ベンチで横になり、そよぐ風、聞こえのいい環境音、子供たちの声。そんな音が僕を眠りに誘った。
ぽやしみ。